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記念写真

文: 葉草 / 絵: 厓

「珍しいわね」


沙村の肩に寄り掛かるようにして眠っている同僚をみとめて、水田環が言った。
青山の歓迎会の予定を天樹に伝えたのは水田だ。参加を渋る男に、遅れてもいいから来てね、とにかく連絡はしたからと一方的に通話を切った。
そして急な職場移動と少々のやっかみから、謹慎明け早々古巣からの呼び出しをくらった本日の主役に合わせてお開きにしようとした直前、男はやって来た。

本当に顔を出しただけでさっさとパトロールに戻ろうとする天樹を片桐が押しとどめ、沙村は永沢に二次会の手配を丸投げし、河岸をかえたここは畳敷きの和室だ(永沢は、主役がいない歓迎会っておかしいですよとこっそりぼやいていた)。
壁に寄り掛かるように座り、喉を湿らす程度にコップを口につけていた天樹の一番近くに座っていたのは確かに沙村だったが、水田が席を外している隙にこんなことになるとは。

「外では気ィ張ってるんだろ。しかもひとりで──」
言いすぎたとでも思ったのか、沙村はそれきり口をつぐむ。

「外」ね。
すっかり身内扱いしている上司をつついて遊ぶことも考えたが、水田はやめておくことにした。
なにしろ沙村は勤務中でも滅多に見せないような真剣な面差しで枝豆をもくもくと口に運んでいるし、一方の天樹はというと──
長時間勤務の疲れが影を落とし目の下には隈があるし血色も悪いのだが、割と普通だ。
普段の壮年の捜査官として威厳は、意志の強さが窺える眼睛によるところが大きかったらしい。
なんだか青年のような寝顔だなという感想はしまいこみ、思いつきを実行に移すべく水田はバッグに手を伸ばす。

「? なにしてるんだ」
「シャッターチャンス」
「おい」
「心配しなくても、ちゃんと沙村さんも入るように撮りますって」
小声でやりとりしていると、パシャリという音と光。
口論という名の漫才をやめ、水田が音のした方に向き直り沙村も同じく(天樹を起こさないように)首だけを伸ばすと──
「『永沢』くん」
「フィルム、余ってたんですよね」
インスタントカメラを手にした元銀行員マンが、上司と先輩ににこやかに応えた。

「永沢くん、」
耳に届いた明瞭な発音にすわ起こしたかと沙村と水田は固唾を呑んだが、
「──まぶしい」
それきり、天樹は光を遮るように沙村の胸に顔を埋め、睡眠を続行した。

「天樹さん、オンオフの切り替えが極端なんですよね」
「さっすがバディ」
フィルムが巻き戻るのを確認しつつ淡々と言う永沢を、水田が尊敬の眼差しで見上げる。
沙村は不安定な体勢になった天樹を起こさないよう座布団に寝かせ、ジャケットをかけた。

「ここに青山くんがいないの、残念ですね」
「そのためのカメラだろ」
「片桐さん、まだいたんですか。」
「てっきり、もうお帰りになったのかと」
「なんだ、まるで俺がいないほうがいいみたいな口ぶりだな。永沢に頼まれた全員の代金、どうしようか」
へそを曲げかけた片桐を取りなす沙村と永沢に合わせながら、水田は天樹に目を配る。

普段は学生時代アメフト部に所属していたという沙村と並んでも見劣りしないのに、ひとり横になった今は肉の薄さばかり目につく。
身じろぎもせずこんこんと眠る、細長い肢体。初めて見るはずなのに、どこか覚えがある……突き当たった記憶に、水田はらしくもなく動揺する。

「水田?」
バディがかける声で、我に帰った水田は重ねかけた面影を天樹から引き剥す。
ジャケットで顔が半ば影になっていても、これは天樹くんだ。あの人じゃない。

水田はさざ波をゆっくりと静め、仲間との談話に意識を集中させた。